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福岡高等裁判所 昭和33年(ラ)90号 決定

抗告人 岡村ヨシ子

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨及び理由 別記のとおり

二  当裁判所の判断

民事訴訟法第七四三条のいわゆる仮差押解放金額が供託されたときは、その供託金は仮差押執行の目的に代わる性質を有し、すでに債務者所有の動産・不動産その他の財産権に対し、仮差押の執行がなされている場合は、それら個々の執行処分は、同法第七五四条によつて取り消されるけれども、仮差押は依然右供託金の上にその執行を保全されて存続する。そして仮差押債務者が仮差押解放金額を供託するに際しては、供託物取扱規則第二条第二項の供託書に、供託物の還付を請求し得べき者(同条項第五号参照)として、仮差押債権者を記載表示する取扱である。(昭和二九年八月二八日法務省民事甲第一七八九号同省民事局長通達参照)かくて、仮差押債権者が仮差押によつて保全される債権について、給付を命ずる本案勝訴の確定判決を得たときは、その旨を証明して裁判所から供託物受入の記載ある供託書の還付を受けた上、供託法第八条第一項供託物取扱規則第五条に従い供託解放金の還付を請求しうべく(同規則第五条所定の添附書類によつて、仮差押の執行債権と債務名義の債権とが同一であることが明らかでない場合は、その同一であることを明らかにする書類を提出しなければならない。)、供託解放金の取戻請求権につき差押・転付命令を得る必要のないことは、つとに是認せられている見解である。もつとも、記録によれば、本件においては、仮差押債務者有限会社原運動具店(以下債務者と略称する)が仮差押解放のため昭和三二年一一月二六日供託した一二万円の取戻請求権に対し、債務者の他の債権者杉岡体育器具工業株式会社(以下略して杉岡会社と書く)が債務者に対し一六七万余円の商取引上の債権を有するとして、昭和三三年三月七日仮差押決定を得、その頃同決定は債務者及び第三債務者に送達されていることが認められるけれども、仮差押債務者が仮差押解放のために供託した金員につき有する取戻請求権は、仮差押決定・仮差押判決を取り消す裁判の確定、仮差押の執行債権(被保全債権)につき仮差押債権者の本案敗訴の判決の確定、その他仮差押解放供託金から仮差押債権者が満足を受けられないことに確定した場合などのように、要するに供託原因の消滅を停止条件として始めて生ずる請求権であるから、抗告理由二に記載のとおり、仮差押債権者たる抗告人が仮差押の執行債権について勝訴の確定判決を得たとすれば、前説示のとおり仮差押解放供託金につき直接これが還付を求めうべく、この場合は所論のとおり抗告人と杉岡会社との間に債権差押の競合という観念を容れる余地はないのである。

ところで、抗告人は杉岡会社が仮差押えた債権は、債務者の有する一二万円の供託金取戻請求権で、抗告人が差押・転付命令を求める債権は、一二万円の還付請求権であるから、債権差押の競合を生ずる余地がないと主張する。記録によると抗告人が原裁判所に提出した債権差押命令申請書及び同転付命令申請書には、差押又は転付を求める債権の表示として「債権者(抗告人)から債務者に対する大阪地方裁判所昭和三二年(ヨ)第三・二四七号仮差押命令によりなした仮差押を取り消すため、債務者が第三債務者に対し、仮差押解放金額として供託した長崎地方法務局佐世保支局昭和三二年(金)第二七六号金拾弐万円也の供託金還付請求権」と記載されているが、供託金取戻請求権に対立する正確な意味での供託金還付請求権の主体は、先に説明したように仮差押債権者である抗告人自身であるから、執行金銭債権者たる抗告人が自己の有する金銭債権を自己に転付するということは、これを許す特別の法規のないかぎり背理無意味であつて許されないことは説明するまでもないので、かかる転付命令申請は不適法として却下を免れない。原裁判所が、抗告人において供託物取戻請求権の転付を求めるものと解し、所論のような理由の下に、本件転付命令申請を却下したのは、抗告人としてはその申請の主旨を誤解して却下されたことになるので、原審のかかる措置に対し不満ではあろうけれども、結局のところ本件申請は前記のとおり却下せらるべきものである以上、原決定は終局において相当で、抗告は理由がない。(付言すれば、抗告人援用の昭和二九年四月二一日法務省民事局長回答は、仮差押債権者が仮差押解放供託金を差押・転付した場合、仮差押の執行債権と供託金に対する差押の執行債権とが同一のものであるかぎり、供託金の差押・転付は供託金の還付を請求するための手段としてなされたものと解されるから、供託物取戻の手続によらず還付の手続により供託金の払戻をなすべきであるという趣旨のもので、本件杉岡会社のような他の仮差押債権者の存しない場合に関するもの。同年九月二八日同局長通達は、仮差押債権者の債権が確定したときは、同債権者は解放供託金取戻請求権に対する差押・転付命令を得るまでもなく直接供託物還付の手続により解放供託金の払渡を請求しうるという趣旨のもので、いずれも本判示に副いこそすれ、これに反するものでなく、抗告人の本件転付命令申請を理由あらしめる見解ではない。)

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 鹿島重夫 裁判官 秦亘 裁判官 山本茂)

抗告の趣旨

原決定を取消し、右当事者間の長崎地方裁判所佐世保支部昭和三三年(ル)第五二号債権差押命令申請事件につき、差押債権は之を抗告人に転付する、旨の決定を求める。

一、抗告人は相手方に対し昭和三十二年四月六日から同年六月十三日までの間に代金毎月末日迄送金払の約定の下に運動具品合計金六十二万百八十円を掛売したが、相手方は同年六月十二日金三千円、同年七月十七日金十万円の支払をなし、同年七月八日金七万九千五百三十一円相当の商品の返品をしたのみで、残金四十三万七千六百四十九円の支払をなさなかつたので大阪地方裁判所昭和三二年(ヨ)第三、二四七号仮差押決定により昭和三十二年十一月二十日相手方所有の有体動産に対し仮差押をなしたところ相手方は金十二万円を第三債務者に供託し長崎地方裁判所佐世保支部昭和三二年(モ)第三四六号仮差押取消決定により、前記仮差押は取消された。然して抗告人は相手方に対し前記売掛代金請求の訴(大阪地方裁判所昭和三二年(ワ)第五、六一三号)をなし、昭和三十三年一月二十七日抗告人勝訴の判決言渡があり、該判決は確定したので、抗告人は相手方が第三債務者に対して有する前記金十二万円の供託金返還請求権につき、抗告人が相手方に対して有する前記売掛代金債権の内金に充てるため長崎地方裁判所佐世保支部に差押命令申請をなし、該命令は昭和三十三年三月十九日第三債務者に送達せられ、右差押債権に対し、抗告人は更に転付命令の申立に及んだのである。

二、然るところ、右差押債権については、之より先、他の債権者が相手方に対する売掛代金等百六十七万四千三百九十八円の債権につき同裁判所に債権仮差押命令の申請をなし、該決定は第三債務者に送達されており、従つて債権差押は競合するので、抗告人に対して右差押債権を転付すべきものでないとして、原裁判所は抗告人の転付命令の申立を却下したのである。

三、成る程民事訴訟法第七五四条第一項の規定による供託金に対する仮差押債務者の有する返還請求権に付、仮差押債権者以外の債権者に於て仮差押命令若くは差押命令竝に取立命令の申請を為すことは出来るが、但しこの場合は、この供託金返還請求権は一の停止条件付(即ち供託金が仮差押債権者の弁済に充てられないことを条件とする)債権に過ぎないことに留意しなければならない。即ち民事訴訟法第七五四条第一項の規定による供託金(仮差押解放金額)に付ては、仮差押債権者は還付請求権を有し、仮差押債権者が還付請求をなさない限りに於て仮差押債務者は取戻請求権を有するものである。

四、而して仮差押債権者が右供託金(仮差押解放金額)に対し差押命令竝に転付命令を受け、そして供託金の払渡請求をした場合に於ては、仮差押の執行債権と供託金に対する差押の執行債権とが同一のものである限り供託金の差押転付は供託金の還付を請求するための手段と看做され、供託法第八条、供託物取扱規則第五条の規定による還付の手続により供託金の払渡を受けることが出来るものであり、かかる場合、仮差押債務者の供託金取戻請求権の上になされた他の債権者よりの差押乃至仮差押が供託金還付に対して何ら影響を及ぼすことのないのは言う迄もないのであつて、仮差押債権者が本案事件勝訴の判決を得て転付命令を受け、供託金の払渡を請求する限り確定した債権額全額について供託金の払渡を受け得るものと言わねばならない。(昭和二九・四・二一民事甲第八六七号民事局長回答。同二九・九・二八民事甲第一、八五五号民事局長通達・参照)

五、さて本件に於ては、抗告人は仮差押の執行債権と同一の債権に基き、民事訴訟法第七五四条第一項の規定による供託金の還付を請求するための手段として差押命令竝に転付命令を申請したものであつて抗告人のなした債権差押と相手方の供託金取戻請求権の上になされた他の債権者による仮差押とが競合する性質のものでないことは前述の理由から明らかであり、従つて右仮差押債務者である相手方の有する供託金取戻請求権の上になされた仮差押に何ら影響されることなく、抗告人は差押債権の転付を受け得べきものである。

六、然るところ、原裁判所が供託物取戻請求権と還付請求権との差異につき、何ら按ずることなくして之を看過し、且つ抗告人が、還付請求の手段として差押転付の申請をなしたことに付、何ら審理することなく、債権差押が競合しているとの理由で抗告人の申立を却下したことは、法律の解釈適用を誤り、延て審理不尽に陥りたる違法あるものと言わねばならない。

よつて原裁判所のなした決定は不当であるので民事訴訟法第五五八条、四一五条により本件即時抗告に及ぶ次第である。

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